読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

20代企業研究者のブログ

機械学習・経営理論から日頃の考え事まで,気になったものをまとめて発信

ブログにはエンタメ性が必要か

メッセージを伝えるには,2つの要素が必要

自分が発信したいメッセージがある時,いろんな人に伝えるためには,私は2つの要素が必要だと思っています.

 

1つ目は,メッセージそのもの.

2つ目は,それを伝える上でのエンタメ性です.

 

例えば,子供に戦争はいけない,というメッセージを伝えたいとします.

このとき,「戦争はいけない.なぜなら...」というような,評論を書いても,きっと読んでもらえないですよね.

なぜなら,多くの子供は堅い評論を積極的に読もうとは思わないからです.

 

でも,絵本の内容にメッセージを込めたらどうでしょう.

戦争の話に興味がない子供でも,絵本を楽しんで読む中で,そのメッセージに触れます.すると,興味がない子供でも,絵本を楽しむ過程で,戦争はいけない,というメッセージが心に残るかもしれません.

絵本の持つエンタメ性が子供の興味を引き付ける媒体となって,メッセージを伝えてくれます.

 

映画「ラ・ラ・ランド」を見た

先日,映画「ラ・ラ・ランド」を見ました.

6部門でアカデミー賞を受賞したことで話題になった作品です.

 

多くの映画は,

メッセージ(ストーリ)+エンタメ性(ストーリ・ジョークなど)

というように,ストーリがメッセージ性も,エンタメ性も持つことが多いと思います.

観客を楽しませるために,伏線を回収したり,どんでん返しがあったりと, ストーリはある程度複雑になります.その複雑なストーリの中に,例えば「戦争はいけない」「努力は大事」といったメッセージも込められ,観客に提供されます.

 

一方で,「ラ・ラ・ランド」は,

メッセージ(シンプルなストーリ)+エンタメ性(ミュージカル)

というように,ストーリとミュージカルの役割分担がはっきりしているように感じました.

 

映画「ラ・ラ・ランド」のメッセージは,「諦めず,夢を追え」だと思います.

この映画のストーリ展開は極端にシンプルです.登場人物が夢を叶えるストーリーですが,その過程はほとんど描かれません.登場人物の男女の恋も最後は終わってしまうのですが,恋が終わった理由も描かれません.男女二人の登場人物の会話だけでほとんどストーリが描かれ,それ以外の登場人物は関与しません.

 

トーリがシンプルなので,ストーリだけでは面白くありません.

ですが,ミュージカルの持つエンタメ性のおかげで,楽しんで見ることができます.

そして,ミュージカルとして映画を見終わったとき,トーリ展開がシンプルな分,メッセージが明確に印象に残ります.

この点が他の映画にはない特徴だと感じました.

 

ラ・ラ・ランド」はミュージカルという方法論で,多くの人にメッセージをシンプルに伝えることができる作品,と自分の中では捉えています.

 

ブログを書く人間として

私もブログという,作品と捉えられなくもないものを書いています.

当然伝えたいメッセージがあるわけですが,メッセージについてだけ一生懸命長文を書いても,興味ない人にはやっぱり伝わらないのではないかと思います.

 

ラ・ラ・ランド的方法論として,メッセージはシンプルに文章で表現して,別の方法でエンタメ性を持たせる,というのもいいかなと思いました.

 

例えば,普段の生活では聞けないような,人間の(珍しい/恥ずかしい)内面を吐露する,挑発的な文章を書く,漫画的に書く,ジョークを交える,,などでしょうか.

 

つまり,ブログを書く人間には,2つの要素が求められる,と考えることもできます.

  • 自分は何を伝えられるのか(メッセージ自体の価値)
  • 自分の文章でどうやって人の興味を引きつけられるか(エンタメ性)

メッセージを受け取る人間として

メッセージの受け取り方(知識の付け方)にも2種類ある,と言えないでしょうか.

  • 自分の好奇心から(メッセージドリブン)
  • エンタメを鑑賞する中で,偶発的に(エンタメ性ドリブン)

メッセージドリブンだけでは,情報収集範囲がどうしても自分の興味の範囲に限定されます.

エンタメ性ドリブンでは,作品を鑑賞する中で,偶発的に作者のメッセージを受け取ります.意図していないメッセージを受け取るので,自分の興味の範囲に限定されない情報収集と言えます.

 

私はエンタメの鑑賞は,最近すごく大事だと考えるようになりました.自分の興味の幅が広がっていくのを感じるからです.自分の興味の範囲を追求するだけでなく,「戦争はいけない」というメッセージを受け取れる子供でありたいからです.自分の知らないことを知っている誰かが行う情報発信に,触れる機会を増やしたいからです.